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116 : Johann Pachelbel [楽興の時]

 




 

Johann Pachelbel

 
















 

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Johann Pachelbel

 

 

 

 

ヨハン・パッヘルベル(Johann Pachelbel, ドイツ語発音: [ˈjoːhan ˈpaxɛlbl̩], [ˈpaxl̩bɛl], [paˈxɛlbl̩], 165391日(受洗) - 170639日(埋葬))は、バロック期のドイツの作曲家であり、南ドイツ・オルガン楽派の最盛期を支えたオルガン奏者で、教師でもある。

 宗教曲・非宗教曲を問わず多くの楽曲を制作、コラール前奏曲やフーガの発展に大きく貢献したところから、バロック中期における最も重要な作曲家の一人に数えられる。





 
















♪黄金の和音進行は現代のポップスでも基本  

 

“カノン”とは「かえるのうた」の輪唱のように、ひとつの旋律を複数のパートで追っかけながら演奏する形式のことです。 

「パッヘルベルのカノン」の場合、3つのヴァイオリンパートが2小節ずつ遅れて同じ旋律を演奏します。

バックでは通奏低音がひとつの進行をずっと繰り返しています。 

この和音(コード)進行は現在のJ-POPなどにも多用され“黄金のコード進行(カノン進行)”などとも言われています。 

今から約300年以上も前の音楽基礎が、現代でも連綿と生き続けているのはすごいことですよね!





















パッヘルベルの作品は生前から人気が高かったため、師事する弟子も多く、またドイツ中部・南部の多くの作曲家の手本となった。

 

現在では彼の作品で最も有名なのは「パッヘルベルのカノン」(Canon in D) であるが、これは彼が生涯に書いた唯一のカノンである。

 そのほか、シャコンヌ ヘ短調、トッカータ ホ短調などのオルガン曲、鍵盤楽器用の変奏曲集『アポロンの六弦琴』(『アポロの六弦琴』とも。Hexachordum Apollinis)などが知られている。

パッヘルベルの音楽は、ヨハン・ヤーコプ・フローベルガーやヨハン・カスパール・ケルルといった南ドイツの作曲家や、ジローラモ・フレスコバルディ、アレッサンドロ・ポリエッティなどのイタリアの作曲家、さらにはフランス、ニュルンベルク楽派などの作曲家から影響を受けていたとされる。

 

パッヘルベルの音楽は技巧的ではなく、北ドイツの代表的なオルガン奏者であるディートリヒ・ブクステフーデのような大胆な和声法も用いず、旋律的・調和的な明快さを強調した、明快で単純な対位法を好んで用いた。

 一方、ブクステフーデ同様に楽器を組み合わせた多様なアンサンブルの実験も行った。教会カンタータやアリアなどの声楽曲においてもそれが行われたことは特筆に価する。

ただ、それらに見られる管楽器を含む豪華な器楽編成は、パッヘルベルの作品中では例外的であり、器楽曲作品の大半は室内楽曲である。





 








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オルガン曲





 

 

♪崇高さと美しさを併せ持つオルガン曲の名作 

ドイツ・バロック期の作曲家ヨハン・パッヘルベルとヨハン・ゼバスティアン・バッハは、パッヘルベルがバッハよりも、32歳年上という世代の差がありながらも、実は一度だけ、出逢っていた可能性があると推測されています。 

パッヘルベルとバッハ家の交流は1677年、彼が24歳でアイゼナハに移り、宮廷オルガン奏者の職に就いた頃に始まっています。

アイゼナハは、J.S.バッハの父ヨハン・アンブロジウス・バッハの故郷です。パッヘルベルはそこでバッハ一家と出会い、アンブロジウス・バッハと親しくなり、彼の子供たちの家庭教師を任せられました。 

バッハ家との交流は、エアフルトに転居した、翌年の1678年からも続き、パッヘルベルは、長兄のヨハン・クリストフ・バッハの家庭教師を務め、ヨハン・クリスティアン・バッハの家に住んでいました。 

ヨハン・クリストフ・バッハは、後にヨハン・ゼバスティアン・バッハを引き取り、10歳で両親を亡くしたゼバスティアンの、親代わりとなって育てた人物です。

クリストフ・バッハが169410月に結婚した際、バッハ家の人々は1023日にオールドルフでそれを祝い、音楽を提供するため作曲家たちも招待されました。 

その時はすでにクリストフの教師ではなかった、パッヘルベルも参加したと思われ、そうであれば、J.S.バッハ(当時9歳)とパッヘルベルが出会った唯一の機会です。 

その後、作曲家となったJ.S.バッハは、パッヘルベルの作品を意識するようになり、自ら編曲を行うなどして、研究や勉強を怠りませんでした。

コラールを一行ごとに区切り、その旋律の縮小形による模倣から主旋律に入る「パッヘルベル・コラール」と呼ばれる様式は、J.S.バッハに大きな影響を与えました。 

オルガン曲の作曲家としても名高かったパッヘルベル。そんな彼の最高傑作と呼ばれるのが「シャコンヌ ヘ短調」です。 

多くのオルガン曲を作曲し、シャンコンヌも6曲が残されていますが、ヘ短調の格調の高さと、美しさは群を抜いています。 

シャコンヌとはバロック時代に流行した、ゆったりとした3拍子の変奏曲の一種で、低音が4小節または、8小節の短い定型を何度も繰り返しながら、その上で次々と新しい旋律が変奏されていきます。 

しかし、カノンの低音のように、まったく同じフレーズが繰り返されるのではなく、基本は保ちながらも、時には違った和音進行をとるなど、様々な変化を見せます。 

特に、変イ長調に転じる[7:24]からの展開は効果的であり、またとても美しいです。 

シャコンヌといえば大バッハとヴィターリが有名です。しかし、パッヘルベルも3大シャコンヌとして、ここに加えても遜色ないほどです。

カノンばかりが目立つ一発屋扱いも、これを聴けば不当だとお分かりいただけるはずです。

  











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パッヘルベルの生涯にとって重要な役割を果たした、ニュルンベルクの聖ゼーバルドゥス教会

生涯

  

1653年~1673年: 幼年期から学生時代(ニュルンベルク、アルトドルフ、レーゲンスブルク)

  

パッヘルベルは1653年、ニュルンベルクの中流家庭に、ワイン商のヨハン・(ハンス)・パッヘルベル(1613年ヴンジーデル生)とその後妻アンナ(アンネ)・マリア・マイアーの息子として生まれた。

正確な誕生日は分かっていないが、91日に洗礼を受けていることから8月下旬頃ではないかと見られている。

 

少年時代には、後に聖ゼーバルドゥス教会(ゼバルドゥス教会、ゼーバルト教会とも。ルター派)の聖歌隊先唱者となった音楽家・音楽教師ハインリヒ・シュヴェンマーから音楽の教育を受けた。

 同教会のオルガン奏者で、ニュルンベルク楽派の主要な作曲家でもあるゲオルク・カスパル・ヴェッカーにも師事していたとする文献もあるが、現在では疑問視されている。

シュヴェンマーとヴェッカーはいずれも、ニュルンベルク楽派の創始者の一人であるヨハン・エラスムス・キンダーマンに師事していた者たちである。

(なお、キンダーマンは一時期ヨハン・シュターデンの弟子であった人物)

  

パッヘルベルの生涯についての重要な文献とされている "Grundlage einer Ehrenpforte" (Hamburg, 1740) の著者ヨハン・マッテゾンによると、若い頃のパッヘルベルは音楽と学問の両面に優れていたという。

 

パッヘルベルは初等教育を聖ローレンツ基幹学校とニュルンベルクの "Auditorio Aegediano" で修めたのち、1669629日にアルトドルフ大学に入学、同年そこで聖ローレンツ教会のオルガン奏者に指名された。

 経済的な理由によって1年も経たないうちに大学を辞めざるを得なくなったが、彼は勉学を最後まで修めるため、1670年にレーゲンスブルクのギムナジウム・ポエティクムの奨学生となった。

その学校の教授たちは、パッヘルベルの学問の才能に感動したという。 

パッヘルベルは学外で音楽を学ぶことも許されていた。担当の教師は、ヨハン・カスパール・ケルルの弟子カスパル・プレンツであった。

ケルルはジャコモ・カリッシミをはじめイタリアの作曲家の影響を大いに受けていたため、プレンツを通じて当時のイタリアの音楽や、カトリックの教会音楽への興味を持ち始めたのかもしれない。

  

1673年~1690年: 音楽家としての活躍(ウィーン、アイゼナハ、エアフルト):省略(Wikipedia参照)

1690年~1706年: 晩年(シュトゥットガルト、ゴータ、ニュルンベルク):省略(Wikipedia参照) 





 








































































 

作品

パッヘルベルは生前からオルガン奏者として非常に有名であった。

彼は宗教曲・非宗教曲を合わせて200以上の器楽曲を制作し、当時あったあらゆるジャンルの音楽に挑戦している。

特にオルガン曲で知られ、『コラール変奏曲集』『コラール前奏曲集』など多数のコラール編曲を作曲している。

コラールを一行ごとに区切り、その旋律の縮小形による模倣から主旋律に入る「パッヘルベル・コラール」と呼ばれる様式を確立、J.S.バッハなどに影響を与えた。また、中部と南部の各地を転々としてきたことで学んだ、

歌唱的な南部の音楽様式と、中部の定旋律や対位法を用いた中部の様式を上手く統合させた作風も、パッヘルベルの特徴である。

声楽曲の分野でも多くの作品を書いており、約40曲の大作を含む100曲ほどが残されている。

わずかに室内楽曲も存在するが、アイゼナハやシュトゥットガルトで宮廷音楽家をしていた時期などにもっと多くの楽曲を作曲していた可能性もある。 

パッヘルベルの作品の主要な資料はいくつか存在するが、たとえばルイ・クープランにとってのオールダム手稿のように重要なものはない。

重要な資料のうちいくつかの手稿が第二次世界大戦の戦前・戦中に失われたが、ヴィンテルトゥール・コレクションのマイクロフィルムや、現在オックスフォード・ボドレー・ライブラリーが所有している2巻の手稿(パッヘルベルの後期の作品の中では主要なものの一つ)、弟子のヨハン・バレンティン・エッケルトが編集し、唯一パッヘルベルのサインが含まれている "Tabulaturbuch"1692年、現在はクラクフのヤギェウォ図書館 所蔵)の第一部のように部分的に現存するものもある。

ノイマイスター原稿と、いわゆる「1704年のワイマール・タブラチュア」は、パッヘルベルの作風を知る上で多くの情報をもたらしてくれるが、そのどれも確実に彼によるものとは言えないものばかりである。

  

今のところ、パッヘルベルの作品についての標準的な作品番号システムは存在しないが、Antoine Bouchard による「POP番号」(オルガン曲のみ)、Jean M. Perreault による「P番号」(アルファベット順。

現在最も完成度が高い)、Hideo Tsukamoto による「T番号」(主題によって分類されている)、Kathryn Jane Welter による 「PC番号」といった目録が使用されている。

   





























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ニュルンベルクの St. Rochus墓地(Rochuskirchhof) にある、パッヘルベルの墓



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般若坊

”シャコンヌ ヘ短調”

パッヘルベルのカノンは余りにも有名ですが、このページを作成していて ”シャコンヌ ヘ短調” に巡り合いました。
聴いてみて パッヘルベルの真骨頂は、この”シャコンヌ ヘ短調”にあるような気がしました。
曲の中盤で、高音部と低音部の掛け合いになりますが、ここで低音部のフレーズが凄いです。
『お前は大丈夫か?・・・堂々と生きているか?』と云うように、地の底から繰り返し問いかけて来るような気がします。
旋律も美しいですが、コントラバスの旋律の醍醐味を味わせてくれます。
本来はオルガン曲ですがオーケストラ演奏に拠り、われわれには理解しやすいと感じました。
演奏時間が9分で、ブログ掲載の音楽としては多少長いですが、是非お聴きになってみてください。
by 般若坊 (2015-07-04 00:50) 

YUTAじい

おはようございます。
今日も記憶に残る曲・・・初めての曲が・・・
ゆっくり聴かせて戴きます。
何時もありがとうございます。
製作は遅れ気味ですが・・・頑張ります。
by YUTAじい (2015-07-04 07:33) 

bpd1teikichi_satoh

パッヘルベルのカノン大好きです!
by bpd1teikichi_satoh (2015-07-04 08:58) 

般若坊

YUTAじい さん おはようございます。今日は多少晴れ間が見えそうな予感がしますね。
ここのところ、エアコンのドライモードが大活躍です。早くカラッとした天気になってほしいですね・・・ ^^;
by 般若坊 (2015-07-04 08:59) 

般若坊

bpd1teikichi_satoh さん おはようございます。
そうですか・・・このページでもいろいろなバリエーションを、乗せてありますので、お楽しみください。
by 般若坊 (2015-07-04 09:01) 

さらまわし

nice! は今日の記事に入れて下さい。
お返しが大変になってしまいます<(_ _)>
by さらまわし (2015-07-04 10:27) 

般若坊

さらまわし さん こんにちは。いつもNiceをありがとうございます。
さらまわし さんのブログ更新頻度と私の更新頻度が著しく違うので、ご迷惑をおかけしているようですね。
極力最新のブログにNiceを入れるようにしているのですが・・・
それから さらまわし さんにお願いです。
私のブログにすでにNiceをいただいている場合は、それを消して再度Niceを入力されることは、お手数ですのでお止めください。
十分にお気持ちはいただいておりますのでよろしく!
by 般若坊 (2015-07-04 10:49) 

seawind335

いやー、本当に心が癒されますね。
子供のころからパッヘルベルのカノンは大好きでした。
by seawind335 (2015-07-05 21:45) 

般若坊

seawind335 さん こんばんは。カノンがお気に召してよかったです。
seawind335 さんなら、パイプか葉巻とともに高級ブランディを傾けながらお聞きになりたいのでは・・・と想像します。 ^^
by 般若坊 (2015-07-05 22:10) 

般若坊

なでしこ よくやった! 準優勝 5-2 ありがとう!
by 般若坊 (2015-07-06 09:51) 

暁烏 英(あけがらす ひで)

なでしこの惨敗に気落ちしたあと、このブログで癒されました。
ラストのオオカミについているコメントに爆笑です。
by 暁烏 英(あけがらす ひで) (2015-07-06 10:44) 

般若坊

暁烏 英(あけがらす ひで) さん こんにちは。
ワールドカップ 準優勝ですよ・・・立派なものです。 課題は沢山ありますが、これから立て直しをしなければなりませんね。
おまけの写真 真理でしょう? 一生懸命仕事をして、やっとたどり着いた休日!
こう云う無神経な野郎の多いこと! ^^
by 般若坊 (2015-07-06 11:02) 

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