178 : Josef Franz Wagner [楽興の時]
Josef Franz Wagner
Josef Franz Wagner
ヨゼフ・フランツ・ワーグナー(Josef Franz Wagner, 1856年3月20日 - 1908年6月5日)はオーストリアの軍楽隊長・作曲家。
同世代のジョン・フィリップ・スーザにちなんで、「オーストリアのマーチ王」とも呼ばれる。
リヒャルト・ワーグナーと区別するため、J.F.ワーグナーと表記される。ワーグナー一族とは関係ない。
軍隊行進曲『双頭の鷲の旗の下に Unter dem Doppeladler』(1902年作曲)が最も有名。
題名にある「双頭の鷲」とは、オーストリア=ハンガリー二重帝国の象徴である。
この作品はスーザのお気に入りのレパートリーの一つとなり、3度の録音によって有名になった。
現在ではオーストリア陸軍第2師団の公式な行進曲に採用されている。
このほかに、いくつかの行進曲やポルカも人気がある。
♪“オーストリアのマーチ王” - J.F.ワーグナーの代表作
ヨーゼフ・フランツ・ワーグナーはオーストリアの軍楽隊長・作曲家です。
1856年-1908年という、マーラーとほぼ同時代を生きた人でした。
また、同じく同時代のスーザにちなみ“オーストリアのマーチ王”と呼ばれました。
軍楽隊長だった1880年代を中心に、ワーグナーは実に多くの行進曲を作りました。
舞曲や行進曲をあわせると、生涯に作曲した作品は数百にのぼるといわれます。
尚、あの有名なリヒャルト・ワーグナーとはまったく関係ありません。
そこで区別するために、J.F.ワーグナーと表記されています。
「双頭の鷲の旗の下に」は、日本では運動会などでも有名です。
ワーグナーがオーストリア・ハンガリー帝国の軍楽隊長だった頃に、当時のオーストリア国防大臣だった、クリーグハマーのために作曲されました。
「双頭の鷲」とは、オーストリア・ハンガリー二重帝国の象徴です。
オーストリア・ハンガリー帝国はハプスブルク家の君主が統治した多民族の同君連合国家として、1867年から1918年まで存続しました。
「双頭の鷲」はハプスブルク家の紋章でもあったのです。
この曲を気に入ったスーザが、3度に渡り録音したことがきっかけで、「双頭の鷲の旗の下に」は行進曲のスタンダードとして広まっていきました。
現在ではオーストリア陸軍第2師団の公式な行進曲にも採用されています。
1878年から1899年まで、軍楽隊の楽長を勤めたJ.F.ワーグナーは、後に民間の音楽界へ転身し、ウィーンで活躍し続けたということです。
曲の構成
変ホ長調で4分の2拍子。
次第に和声の広がる形の行進曲にふさわしい進撃的な前奏の後に、付点リズムの主題が続き、低音に旋律が移行する際は表拍での演奏からシンコペーションへと移る。
中間部では変イ長調にかわり、悠然とした旋律。通常はダ・カーポするが、中間部で終わらせる場合もある。
曲がBGMとして用いられた作品
- 植木等スーダラ90分 オーケストラのコーナー
- 植木等が指揮者、ハナ肇がスーザフォン担当
- キルラキル
- 登場人物の一人、蛇崩乃音の戦闘前での入場曲として用いられている。
- ノーティボーイ
- ジャレコのコンピューターゲーム。偶数面で流れる。
- パロディウスだ! 〜神話からお笑いへ〜
- コナミから発売されたシューティングゲーム。ステージ8のBGMとしてメンデルスゾーンの「ヴァイオリン協奏曲ホ短調 第3楽章」と合わさる形でトリオ部分が使用されている。
オーケストラの演奏で・・・
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おはようございます。
流石に私でも・・・最近クラシック聴く機会減りました。
何時もありがとうございます。
by YUTAじい (2016-09-17 07:43)
YUTAじいさん おはようございます。
今朝は久しぶりの陽光です。秋の長雨に祟られて、久しく太陽を拝んでいませんでしたが、ありがたいことです。
時代の流れとともに、聞かれていた曲もクラシックになっていくのでしょう。
いまお好きな曲を、大切にすべきだと思います。 ^^
by 般若坊 (2016-09-17 08:41)
ワーグナーは聞いたこと有りますが・・・それだけです。
by 旅爺さん (2016-09-17 09:14)
旅爺さんさん おはようございます。
ワグナーには、今回の「ヨゼフ・フランツ・ワーグナー」と、次回ご紹介する「ヴィルヘルム・リヒャルト・ワーグナー」の2人がいます。彼らには血縁関係はないようです。
旅爺さんがお聞き及びの人は、リヒャルト・ワーグナーの方ではないかと思います。こちらが圧倒的に有名ですから・・・ ^^
by 般若坊 (2016-09-17 09:25)
ハプスブルク家(一族)の近親結婚が災いして、早逝する者や狂人が多く出たことは有名ですがその時々の恐ろしい絵画を近頃見たばかりです。その時代に明るく勇ましい曲をJFワーグナーが作っていたんですね。
by 暁烏 英(あけがらす ひで) (2016-09-17 12:31)
暁烏 英(あけがらす ひで) さん こんにちは。
JFワーグナーは、そう言う時代だったんですか・・・知りませんでした。
もっと西洋史との関連した見方を、してみる事が必要ですね。
彼の「双頭の鷲の元に」は、ブラスバンドでずいぶん演奏しました。
パレードでも必ずレパートリーの中に入っていましたよ。随分昔の事ですが・・・ ^^
by 般若坊 (2016-09-17 13:32)
今朝は勇壮でした。
by 夏炉冬扇 (2016-09-18 09:58)
「双頭の鷲の旗の下に」他の曲は1枚のレコードになっていて運動会の時に何回も流されていましたのでよく覚えています。
動画4枚目、行進の先頭に立って歩く、白い制服の兵隊さんのみごとな棒術?に見とれました。
by 月夜のうずのしゅげ (2016-09-18 10:01)
夏炉冬扇さん おはようございます。
そうですね・・・マーチは兵士や国民の心を鼓舞するためですから、勇壮ですね。
何気なく歩いていても、マーチが聞こえると自然に足が挙がり、音のする方へ行ってみたくなりますね・・・ ^^;
by 般若坊 (2016-09-18 10:05)
月夜のうずのしゅげさん おはようございます。
そうですね・・・この曲は運動会などでも定番の曲ですね。
知らない人はいないでしょう・・・
先頭で指揮杖を振る人をドラムメジャーと言います。古くは鼓手長と言ってドラム担当者がなったようですが、今は違います。学生隊では、経験豊かな楽団員から選別されます。
ビデオでもお分かりのように、このドラムメジャーの服装は楽団員の服装とは違いますが、学生隊では基本的に同じ服装にしてモール等で多少差別化をしていますね。
また指揮杖を使ってトス、トワーリングを行いますが、これをまねたのが、女性のバトントワーリング隊ですね。
興味のある方は、以下をどうぞ! ^^
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%81%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%90%E3%83%B3%E3%83%89#.E3.83.89.E3.83.A9.E3.83.A0.E3.83.A1.E3.82.B8.E3.83.A3.E3.83.BC
by 般若坊 (2016-09-18 10:34)
今日は朝から雨で憂鬱です。
なのでパラリンピックの閉会式を楽しんでます。流れてくる音楽も素晴しいです。
by 旅爺さん (2016-09-19 08:44)
旅爺さん おはようございます。
わたしもリオパラの閉会式を見ています。
これらハンディキャップを背負った方々の、その努力と運動能力と熱意に打たれました。
次回はパラリンピック発祥の地・・・東京ですね・・・小池知事へのパラリンピック旗の伝達セレモニーを、待っているところです。 ^^
by 般若坊 (2016-09-19 09:29)
爺はワグネリアンですので次回が楽しみです!!
by bpd1teikichi_satoh (2016-09-19 20:34)
bpd1teikichi_satohさん こんばんは。
そうですか・・・リヒャルト・ワーグナーのファンですか・・・
ご期待に沿える内容となっていれば良いのですが・・・ ^^
by 般若坊 (2016-09-19 20:49)
私は中学高校時代に吹奏楽部に所属していましたので、「双頭の鷲の旗のもとに」はことに思い出深い曲です。
もう、絶えて聴くことが亡くなりましたので、感慨に耽ってしまいました。
J.F.ワーグナーをお取り上げ頂き、感謝申し上げます。
by 伊閣蝶 (2016-09-21 15:32)
伊閣蝶 さん こんにちは。コメントありがとうございます。
伊閣蝶 さんも吹奏楽をやっておられたんですか・・・ならば、”双頭の鷲”は”旧友”と並んで懐かしい曲でしょうね。時代は代わりましたが現代ドイツ人にとっても、この曲は大切にしたい曲に違いありません。 ^^
by 般若坊 (2016-09-21 15:49)